【2ch】チラシの裏【書き込み規制】

2ch

7ef06bc7 anonymous 2021-12-05 17:39
無限様子見タコループ
438f9d84 anonymous 2021-12-05 23:56
意味が分かると怖い話

クラスで2人組を作る事になった
でも自分は2人組を作れなかった
だけど22人もクラスに人がいれば、こういう事も起きるよね
059e118b anonymous 2021-12-06 18:32
はい、クーポンもやっぱり中抜き案件でした
元請はパソナかな
eaadd978 anonymous 2021-12-06 21:32
>>059e118b
[[【ただひたすら書き込むスレ】/540d7564]]
現金も可能やで
ef67c666 anonymous 2021-12-07 13:45
https://www.dailyshincho.jp/article/2021/12071125/?all=1
「長崎カジノ」は“崩壊寸前”…「出資金3500億円が集まらない」県の担当者も認めた“危機”

夢はでっかく 先のことなんて考えずパーっと金使って経済回そうぜ
という連中しかいないんだろうな
残り2つは長いものには巻かれろでなんとか実現までいけそうだけど

https://www.asahi.com/articles/ASP9Z3DVVP9ZPLFA00B.html
和歌山のIR事業者連合に米カジノ大手シーザーズが参画

https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1354163.html
大阪カジノ・リゾートはMGM・オリックス。'20年代後半に開業へ
2ad20818 anonymous 2021-12-07 19:12
気軽に書き込めるのが匿名掲示板の最大の売りなのに
それを訳分からん規制で封じ込められたら
詰まらんサイトの出来上がりだな。
9d149a11 anonymous 2021-12-07 19:57
https://www.jiji.com/jc/v4?id=2021korea060001
知られざる北朝鮮カジノの世界

カジノっていうとこういうアングラな雰囲気を連想する
37fa6fd2 anonymous 2021-12-09 14:38
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021120701106&g=pol
岸田首相、北京五輪対応に苦慮 米外交ボイコット、「折衷案」も

まあ政治家が行くのはまずいよな 火種になるし
a73a5853 anonymous 2021-12-10 13:30
>>732d45d8
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000237929.html
ファイザー製効果は?岸田総理“3回目”前倒し交渉

結構前から契約してたのにね 先のことを予想して契約するのは難しいもんだ
ba213edc anonymous 2021-12-11 14:30
>>37fa6fd2
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211211/k10013384301000.html
政府 北京オリンピックへの閣僚派遣 見送る方向で調整
91287f05 anonymous 2021-12-11 22:35
変異種の感染力やばいな、もう国内13例だよ
c7c81c4d anonymous 2021-12-12 08:08
>>91287f05
基本的にウィルスは変異するほど弱毒化して脅威度が低下していくので今のところそれほど騒がなくていい
9100fa82 anonymous 2021-12-15 16:23
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68105
ジョンソン英首相、イギリスでオミクロン株の感染者1人死亡と明らかに

凄まじい置き換わりペースを見てしまうと安心できないな
9dbc4769 anonymous 2021-12-15 19:30
Suicaの中身を見た
スケルトンのSuicaとかクレカって作らないのかな?
NFCのアンテナが見えるカードってかっこいいと思うんだけど
0873c440 anonymous 2021-12-16 11:52
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211214/k10013388281000.html
帰国者 “成田で待機できず福岡へ…” 水際対策で異例の対応も

ことしももう年末というのに…ご苦労様です
e931a779 anonymous 2021-12-16 11:59
>>9dbc4769
これか
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211116/k10013349601000.html
46a667d6 anonymous 2021-12-22 11:25
私費留学生も来年こそはちゃんと受け入れないとな
一日の入国者を制限しておけば大丈夫だろう
b5099377 anonymous 2021-12-22 15:54
https://www.afpbb.com/articles/-/3381515
サンダース氏、ケロッグ賃上げスト称賛 「企業の強欲」に抵抗
>国内の平均賃金は40年間横ばいが続いていることを激しく批判している

マジかよ
98140970 anonymous 2021-12-22 19:34
https://www.asahi.com/articles/ASPDN62T6PDNUTFK015.html
「公明党の言った通りになったと言われる」10万円給付で山口代表

よかったな公明党 これで支持者(某団体)も満足するだろう
c6f7953d anonymous 2021-12-23 10:48
https://nordot.app/846404939155374080?c=724086615123804160
貨物船沈没、64人死亡
>英BBC放送によると、20日には沈没事故の救出活動に参加していたヘリコプターが墜落。搭乗していた男性閣僚(57)が12時間にわたり自力で泳いだ後、救助された。

すげえ
8358d971 anonymous 2021-12-23 15:00
1日2日でゲノム解析できるんだもんな
現代生物学医学ってすごい
1c34c18c anonymous 2021-12-23 17:26
すごいよなシーケンサー
そりゃ、ノーベル賞も取るよ
0cdcaf0d anonymous 2021-12-23 21:25
https://sndj-web.jp/news/001558.php
新型コロナの影響で子どもの神経性やせ症が1.6倍に 国立成育医療研究センターが全国26医療機関で調査

コロナ前の一時期の話だけど昔みたいな体型を気にしての摂食障害は減ったって言われてたんだけどな
やっぱりストレスとかかな
40c17927 anonymous 2021-12-24 21:22
下層の人(非正規or何十年居ても休日104日&350万は超えないとか)
が集うコミュニティが無くて非常に辛い
そういう待遇の人の大半は仕事以外はバラエティ番組見てパチンコ行ってタバコ吸って高校時代からの友達とファミレス行くので
完全に世界が閉じてるから劣等感を感じる機会は一切ないのではないかと思う
俺みたいに2chとかtwitterやりまくりながらも底辺労働してる層って日本に10人位しか居ないんじゃないかってくらい
似た境遇の書き込みが無い。バッチバチにプライドみたいなのを叩いてくる書き込みやニュースに触れてると
「自分はああはなるまい」と相当思うんだろうなあ、だからSNS上にはまともな事業所勤めの人の
書き込みだらけなんだろう。刺激されまくりながらも、そういうまともな会社に就けなかった人は静かに自殺するか一切
情報を断つと。俺みたいに書き込みしまくりつつも搾り取られるだけの会社に勤めてるのが極めて異例なんだろう
e05f3158 anonymous 2021-12-25 16:17
>>40c17927
相対的剥奪感の程度は人によって様々で、まったく感じないグループももちろんあってそこに属していると何も言わない。今のネットでそれが強い人の言葉が見えにくいのは、いわゆるSNSのトレンドにはその集団の書き込みが浮上しやすくなっている(たまに話題になる「見たいものだけが見えるようになる仕組み」が原因で)からではないか、と一人で考えている。
けど、ちょっと検索をしてみれば色々なクラスタの意見やら愚痴やらには行き着ける。ただし自分の履歴によってフィルターがかかってしまっているものではあるけど。
5f5691d6 anonymous 2021-12-26 09:56
https://www.jcp.or.jp/web_member/iinkai.html
共産党が思ったよりしっかり文通費管理しててびくった
dee632b8 anonymous 2021-12-27 15:22
また規制だよ
40a85416 anonymous 2021-12-27 22:18
普通の人々が規制されまくって荒らしや工作員は元気に書き込みを続ける奇跡のインターネット掲示板
fce28723 anonymous 2021-12-28 14:57
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211224/k10013401771000.html
ウイグル自治区製品輸入原則禁止 米で法律成立 日本企業影響も

世界情勢これからどうなるのかね まったく分からん
52d89e08 anonymous 2021-12-28 17:57
悠仁くん、荒れてるようだな
まああの家庭環境だと多少グレるのはしょうがないと思うけど
俺だってグレる
b3a5da84 anonymous 2022-01-03 12:36
医療用コロナ検査キットも早くスイッチOTCになってほしいね
ネット販売や情報提供義務に厳しい規制があるし

https://encount.press/archives/228322/
コロナ抗原検査キットが薬局で販売スタート 2200円とお手頃だが、これだけの問題点

https://www.m3.com/news/open/iryoishin/995821
抗原定性検査キットOTC化の是非は
30065ac7 anonymous 2022-01-04 16:33
PCR検査って風邪症状があってお医者さんがコロナかもって言わないと基本無料にならないんだけど(自己判断でも陽性なら補助される)
オミクロン株の見つかった県では補助金だして期間限定でPCR検査無料にしてるっぽいね
無料化は基礎疾患等でワクチンを接種できない人と子供に限定してたんだけどその制度の適応拡大という形でやるらしい
b07266a8 anonymous 2022-01-07 12:38
おっさっそく第6波きとるやん

東京都:641人
沖縄:1400人+
大阪:505人
94d06824 anonymous 2022-01-07 19:23
ttps//ja.wikipedia.org/wiki/感染症の歴史

感染症の歴史

感染症の歴史では世界の歴史において特に後世に社会的経済的文化的に甚大な影響を与えた感染症について記述する医学は感染症の対策や治療の探求により発展してきた感染症は民族や文化の接触と交流ヨーロッパ世界の拡大世界の一体化などによって規模が拡大していった病原微生物ないし病原体がヒトや動物のからだや体液に侵入し定着増殖して感染をおこすと組織を破壊したり病原体が毒素を出したりしてからだに害をあたえると一定の潜伏期間を経たのちに病気となるこれを感染症という類義語として伝染病があるがこれは伝染性をもつ感染症をさしているまた伝染性をもつ感染症の流行を疫病はやり病と呼んでいる感染症の歴史は生物の出現とその進化の歴史とともにあり有史以前から近代までヒトの疾患の大きな部分を占めてきた感染症や疫病に関する記録は古代メソポタミア文明にあってはバビロニアのギルガメシュ叙事詩にすでに四災厄のなかのひとつに数えられ同時期のエジプトでもファラオの威光は悪疫の年における厄病神に比較されている中国にあっても紀元前13世紀における甲骨文字の刻された考古資料からも疫病を占卜する文言が確認されている日本においては平安時代には疫病の終息を願う神事が全国で行われていた災厄に対する人びとの対応は歴史的地域的にさまざまであったがその一方で人びとの行為行動の背景となった疫病観死生観信仰哲学科学の発達などを考察することにより人類の歴史や経済社会のあり方への理解を深めることができる抗生物質の普及や予防接種の義務化公衆衛生の改善などによって感染症を過去の脅威とみなす風潮もみられたが耐性菌の拡大や経済のグローバル化による新興感染症の出現など一時の楽観を覆すような新たな状況が生じており今なおその脅威は人類社会に大きな影を投げかけている

病原体の発見
感染症の伝染性を発見したのはイスラーム世界を代表する医学者のイブンスィーナーであった医学典範において隔離が感染症の拡大を止めること体液が何らかの天然物によって汚染されることで感染性を獲得することを記述しているただしその物質が病気の直接原因になるとは考えていなかった14世紀にイブンアルハティーブはイベリア半島のアンダルス地方における黒死病ペストの流行において衣類食器イヤリングへの接触が発症の有無を左右していることを発見したこれを受けてイブンハーティマは感染症は微生物がヒトの体内に侵入することによって発症するとの仮説を打ち立てたこの考えは16世紀イタリアの修道士で科学者のジローラモフラカストロの著作梅毒あるいはフランス病や伝染病についてによりルネサンス期のヨーロッパにも広く受け入れられたフラカストロは伝染病の接触伝染説を唱え梅毒やチフスという病名の命名者となった病原体病原微生物についてそれを人類が初めて見たのは形態的には1684年のオランダの光学顕微鏡による細菌の観察だといわれる顕微鏡の改良により細菌を肉眼で容易に観察できるようになった1838年に細菌を意味するラテン語が出現しており病原体が現在のように判明してきたのは19世紀以降のことであってフランスのルイパスツールやドイツのロベルトコッホに負うところが大きいパスツールは病気の中には病原体によって生じるものがあることを証明し狂犬病のワクチンを開発したそしてコッホは1875年感染力のある病原体としての細菌である炭疽菌を光学顕微鏡を用いた観察によるものとして初めて発見しまた感染症の病原体を特定する際の指針としてコッホの原則を提唱して近代感染症学の基礎となる科学的な考え方を打ち出した日本でも北里柴三郎が1894年にペスト菌を志賀潔は1898年に赤痢菌を発見しているなお主な疫病菌の発見は以下の通りであり19世紀後葉から20世紀初頭にかけての時期に集中している光学顕微鏡では観察できない極小のウイルスの発見は細菌よりも遅れ1892年のロシアの植物学者ドミトリーイワノフスキーによるタバコモザイクウイルスの発見が最初であったウイルスによる感染症にはインフルエンザ後天性免疫不全症候群AIDSエボラ出血熱黄熱狂犬病重症急性呼吸器症候群SARS中東呼吸器症候群MERSデング熱ジカ熱天然痘風疹急性灰白髄炎ポリオ麻疹咽頭結膜熱プール熱マールブルグ出血熱ラッサ熱ウエストナイル熱日本脳炎水痘帯状疱疹新型コロナウイルス感染症COVID-19などがあるウイルスは代謝系を持たず細菌のように栄養を摂取してエネルギーを生産するような生命活動はおこなわない自己増殖できず他生物の細胞に寄生することによって増殖しエネルギーは宿主細胞の作るそれを利用し大きさは細菌よりもはるかに小さいウイルスの観察には電子顕微鏡が必要である

治療法の発見
細菌による感染症は1929年に初の抗生物質であるペニシリンがイギリスのアレクサンダーフレミングによって発見されるまで根本的な治療法がなかった抗生物質は多細胞生物が遺伝子が膜で被覆される真核細胞であるのに対し細菌が遺伝子が膜で被覆されない原核細胞であるという違いを利用して細菌真正細菌にだけに効くようにした薬品である1935年ドイツのゲルハルトドーマクは初の広域合成抗菌薬であるサルファ薬を開発発表したサルファ薬は生物由来ではないため抗生物質とはされない抗生物質とサルファ薬の開発は感染症治療に新しい地平を切り開いたなおサルファ薬に抗マラリア作用があることはドーマク自身によって確かめられておりニューモシスチス肺炎MRSAハンセン氏病尿路感染症や前立腺炎ノカルジア症といった感染症には治療用としてサルファ薬が用いられる一方ウイルス感染症には抗生物質が効かず今なお患者自身の免疫に頼らざるを得ない部分が大きいウイルスが感染した細胞は増殖したウイルスが細胞外に出ていくことによって死滅しさらに別の細胞に入り込んで増殖を続ける宿主細胞が次々と死滅することに耐えられない患者は死亡するわけでありしたがってウイルスにとっては他の個体に感染させ続けることが生き残りのための条件となるこうしたウイルスの増殖を抑えるために開発されたのが抗ウイルス薬であるが細菌や原虫など細胞を有する生物とは異なり個々のウイルスの分子生物学的な形質はきわめて多様であり感染力も種類によって異なるそれゆえそれぞれのウイルスに応じた治療薬が必要であるワクチンは無毒化したウイルスを体内に入れることによって免疫力を高め実際に感染した際に急激にウイルスが増殖することを抑制する医薬品である天然痘ウイルスについてはアジア地域においては古くから人痘接種法がおこなわれてきた1796年イギリスの医学者エドワードジェンナーは初めて種痘天然痘ワクチンの投与をおこないこれが天然痘根絶への道をひらいたこののちルイパスツールらによって予防接種の概念が広くゆきわたるようになった1950年代ジョナスソークとアルバートサビンの2人はポリオに有効なワクチンポリオワクチンを開発して後にこれをほぼ制圧することに成功したポリオウイルスとの長期にわたる闘いのなかで築かれてきたコールドチェーンマイクロプランニングサーベイランスシステム緊急オペレーションセンターといったインフラストラクチャーは他の感染症を予防制圧するうえでも大きな役割を担っている
f89ab679 anonymous 2022-01-07 19:25
ttps//ja.wikipedia.org/wiki/感染症の歴史

人類史と感染症

農耕牧畜のはじまりと感染症
人類はその誕生以来疾病に苦悩してきたと推測され長い狩猟採集生活のなかでチンパンジーからマラリアオナガザルから黄熱病イヌ科哺乳動物から狂犬病といった感染症に罹患した可能性があるただし小集団で行動し人口密度の希薄な時代にあっては感染集団が全滅するなどしてしまえばそれ以上感染が拡がることはなかったものとみられるその後農耕が開始しあるいは定住生活へと移行して集落が発生し人と人さらに人と家畜が接近して生活するようになると人間と感染症の関係は劇的に変化した紀元前8000年頃西アジアではヒツジヤギブタの飼育すなわち牧畜がはじまっているがヒト型コロナウイルスが出現したのはその同時期だという説もあるインフルエンザやコロナウイルス感染症などは野生生物の世界で流行していた感染症が人類の間でも流行するようになった人獣共通感染症なのである牧畜の開始によって動物との接触が増え農業の開始によって定住化が進行し都市が形成されると感染症の流行が頻繁に起こるようになった旧約聖書や新約聖書古代中国文明やギリシア文明の古典ヴェーダをはじめとする古代インドの文献には結核ハンセン病コレラ天然痘マラリアインフルエンザ麻疹ペスト狂犬病肺炎トラコーマと考えられるさまざまな症状の感染症が登場する農業の開始が感染拡大に大きな影響をあたえた感染症にはマラリアや住血吸虫症がある灌漑のためにつくられた水深の浅い水路や溜め池は昆虫や巻き貝などの宿主の棲み処となった蚊が媒介するマラリアは農業の開始とともに人びとの間でも流行が始まりおよそ4800年前から5500年前の古代エジプトのミイラからもマラリア原虫のDNAが見つかっている住血吸虫は河川や湖沼に生息し巻き貝を宿主とする生活史を営んでいるがメソポタミアやエジプトにおける初期の農耕社会ですでに蔓延しており日本には水田耕作とともに弥生時代に持ち込まれたと考えられている

人類の移動と病気の拡散
東アジアと西アジア地中海世界をつなぐシルクロードは絹や漆器紙などを西方に宝石やガラス器金銀細工や絨毯などの文物を東方にもたらしたが同時にさまざまな感染症を交換させた天然痘や麻疹は西から東に運ばれペストは東から西へともたらされたこうした感染症に対し人びとは免疫をもたなかったので東西でパンデミックが生じ多くの人命が失われたシルクロードの東西それぞれの起点となった漢帝国と古代ローマは大人口を抱えて繁栄した当時の超大国であったが2世紀以降時を同じうして感染症の大流行が発生し人口が激減し帝国の分裂と混乱を招いた11世紀以降繰り返された十字軍遠征またそれによって活発化した交易もまたヨーロッパ大陸にペスト菌による感染症拡大をもたらしたと考えられる13世紀のユーラシア大陸で巨大な版図を有することとなったモンゴル帝国ではシルクロードの大部分が支配下に置かれることとなりユーラシアを横断する交易をいっそう拡大させたが感染症もまた東西に拡散されることとなったのである

コロンブス交換
コロンブス交換は1492年ののち発生した東半球と西半球の間の植物動物食物奴隷を含む人びとなど甚大で広範囲にわたる交換を表現する時に用いられる言葉で1492年のクリストファーコロンブスの新世界の発見にちなむその結果トウモロコシとジャガイモは18世紀のユーラシア大陸できわめて重要な作物となりピーナッツとキャッサバは東南アジアや西アフリカで栽培されるようになるなど世界の生態系農業文化の歴史において重大な出来事となったただしここでは多くの感染症もまた交換されることとなったすなわちコレラインフルエンザマラリア麻疹ペスト猩紅熱睡眠病嗜眠性脳炎天然痘結核腸チフス黄熱などがユーラシアとアフリカからアメリカ大陸へもたらされた免疫をもたなかった先住民はこれらの伝染病によって激減したアメリカ大陸にはスペインやポルトガルをはじめとしてヨーロッパ各地から多くの植民者がわたったがスペイン王室は植民者に先住民支配の信託を与え征服者や入植者に対しその功績や身分に応じて一定数のインディオを割り当て一定期間使役する権利を与えるとともに彼らを保護してカトリックに改宗させることを義務づけたこれがエンコミエンダ制であるまもなく先住民インディオを使役して鉱山で金や銀を掘り出しカリブ海域ではサトウキビの栽培が始まったどちらも現地の人びとのためではなくヨーロッパ大陸における需要のための生産であった先住民は過酷な労働条件と感染症のために激減し深刻な労働力不足に陥ったこれを補うためヨーロッパ人は黒人奴隷をアフリカ大陸に求めて奴隷貿易がはじまったここに西ヨーロッパ西アフリカ南北アメリカ大陸を結ぶ人とモノの貿易連鎖いわゆる三角貿易が成立し大西洋をはさむ4大陸のあいだに大西洋経済とよばれる世界システムが形成されていった一方アメリカ大陸より旧大陸にもたらされた感染症には人獣共通感染症であるシャーガス病性病として知られる梅毒イチゴ腫黄熱があるヨーロッパの疫病が新大陸で猛威をふるった顕著な例として1545年から1548年にかけてのメキシコでの大流行がありこのときメキシコ中央部では先住民の約8割が死亡したといわれる征服から1世紀経ったのちメキシコの先住民の人口は征服直前のわずか3パーセントにすぎなかったという試算もあるコロンブス交換はアメリカ合衆国の歴史学者アルフレッドクロスビーによって唱えられた用語である上述のようにそれはヨーロッパとアメリカ大陸との相互の疫学的条件の均質化をうちに含んでいるがこれをフランスのアナール学派に属する歴史家エマニュエルルロワラデュリは細菌による世界の統一という表現を用いて説明した
84b8be66 anonymous 2022-01-07 19:26
ttps//ja.wikipedia.org/wiki/感染症の歴史

細菌性感染症の流行

ペスト
ペストはペスト菌の感染によって引き起こされる重篤な感染症であるペスト菌は日光や乾燥熱には弱いが寒冷や湿潤に強い特性を持ちしたがって動物体内で乾燥を受けなければ長期間の生存が可能で穀類獣乳用水などでも棲息するペストは元来ネズミなど齧歯類の感染症であるため一般的にはヒトが感染する以前にネズミの集団のなかで流行がみられる齧歯類の個体相互にペスト菌を媒介するのはノミであるが多数のペスト菌を保持したノミがヒトの皮膚を刺しやがてヒト相互のあいだでノミが菌を伝播させる腺ペストの流行はこのように発生しノミの多い夏季に多く発生するしかし腺ペスト患者が敗血症や肺炎に罹り喀痰のなかにペスト菌が確認されるに至ると飛沫感染によって直接的にまた排泄物や衣類等日用品によって間接的に急速な感染拡大がうまれるこれが肺ペストであり冬にも多く発生するそしてネズミの移動とともに感染も各地に広がるペストはシルクロード交易によって東方から西方に伝わった感染症でローマ帝国最盛期五賢帝時代の2世紀マルクスアウレリウスの治世に300万を超える死者を出している感染はその後も断続的につづき人類はこれまでに少なくとも三度にわたるペストのパンデミックをみているこれは第一次パンデミック6世紀のユスティニアヌスのペストに始まって8世紀末までつづいたもの第二次14世紀に猖獗をきわめた黒死病から17世紀末にかけてのものオスマン帝国では19世紀半ばまでつづいた第三次19世紀末から20世紀中盤までつづいたものと整理されることも多いとりわけ第二のパンデミックとされることの多い黒死病は正確な統計はないが全世界で8500万人当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2にあたる約2000万から3000万人前後イギリスやフランスでは過半数が死亡したと推定されている中国では1331年の元の時代に大流行が発生し1334年には河北省で人口の9割にあたる500万人規模推定の死亡患者が出たという隊商などによってイランやシリアパレスティナに拡大しエジプトさらにチュニスなどの北アフリカを経てヨーロッパに感染を拡大させた[18]特にイランやエジプトでは猖獗をきわめ人口の3割をこの時期のペスト感染で失ったとみられる[18]この時期のヨーロッパにおけるペストの感染爆発には10世紀から14世紀にかけての比較的温暖な気候を背景に起こった中世農業革命と称される技術革新とのかかわりを指摘する見解がある[34]それによれば鉄製農具の性能が格段に向上して三圃制が普及し食糧増産が可能になったものの相次ぐ開墾によって森林が急速に農地に転用されたためネズミの天敵猛禽類やキツネオオカミが激減一方人口増加と都市の発生により人間や家畜の排泄物肉の解体クズゴミの投棄などネズミの繁殖に好適な環境が生まれたそこに異常気象の発生によって深刻な食糧危機が生じ人びとの抵抗力が弱まっているところにペストが蔓延したというのであるペスト菌の存在がわからなかった時代には大流行のたびに原因が特定の人びとにおしつけられ魔女狩りが行われたり特にユダヤ教徒をスケープゴートとして迫害する事件が続発した1664年から翌年にかけてのロンドンの大疫theGreatPlagueofLondonと称される大流行もよく知られており18世紀前半のマルセイユの大ペストも甚大な被害をもたらした流行として有名であるなお1833年から45年にかけてのエジプトの流行はそれほど大規模なものではなかったが患者が初めて熟練の医師によって科学的に究明された点で画期的な意義を有するものであった

ハンセン病
歴史上ではレプラらい病などとよばれてきたハンセン病はらい菌によって引き起こされる感染症である感染力はきわめて弱く器具や動物の介しての間接的な伝染はほとんどなく進行も遅い病気で皮膚と末梢神経が冒される遺伝性はなく現代では特効薬があり薬で完治することも判明している白い斑点が皮膚上に現れるほか顔面が変形したり指が欠損するといった患部の変形を引き起こす[37]運動麻痺や顔面神経麻痺発汗異常眉毛頭髪の脱落をともなうこともあるそのため世界史上では感染力が弱く致死性に乏しいという病気の実態以上に人びとに恐怖感をもってとらえられあらゆる疾病のなかで最も患者が誤解や偏見にもとづいて理不尽な差別にさらされてきた病気であるハンセン病はまた元来は熱帯フランベジアと同様少人数集団でみられる感染症であり慢性疾患であることから罹患者はすぐに死亡せず感染源として生存しつづける傾向にあるハンセン病の場合膿汁鼻汁唾液などに直接接触することによってのみ感染し潜伏期間も長く感染しても発病するのは2~3パーセントと低かったためらい菌に繰り返し接触する機会の多い同一家庭内で頻発していたそのためかつては遺伝性のものと誤解されしばしば業病とみなされ患者は穢れた存在とみなされた一方でハンセン病とそれ以外の重篤な皮膚病を区別することは近代以前においては難しくらい癩といった場合それは単なる皮膚病感染症というだけでなく一種の社会的身分を意味していたイエスキリストがレプラの患者に触れて治癒させた奇跡の記述が新約聖書ルカによる福音書にありイエスの絶対愛のあり方を物語っている日本では光明皇后が医療施設である施薬院悲田院を皇后宮職として設置したほからい病患者の膿を吸い取り臭気ただよう患者の背中の垢を擦った伝説が史書にのこっている十字軍の東方遠征によりヨーロッパには多数の天然痘患者とハンセン病患者がもたらされたと考えられている十字軍遠征においてパレスティナではハンセン病に罹患した兵士を看護するためラザロ看護騎士団が組織されエルサレムのらい院では患者の救済がおこなわれたなお英邁で知られるエルサレム王国の国王ボードゥアン4世はハンセン病患者とみられているヨーロッパでは13世紀をピークとして流行し各地にハンセン病の隔離施設ができたこの時代全ヨーロッパで1万9000か所ものハンセン療養所レプロサリウムが建設されたといわれるハンセン病患者は健常者に対し自分に近づかないよう警告するためのフラヴェルというカスタネットを携帯することとなっていた一方中世ヨーロッパに暮らす人びとは同胞の苦しみを敬意と共感をもって見つめること病人に対する嫌悪感や不快感を乗り越えて兄弟に対するような慈愛を示すことを教えられそのように行動することを求められてもいた[42]13世紀のフランス王ルイ9世はロワイヨーモン修道院フランス語版をたずねるたびに病毒のために顔がくずれ人びとの恐怖感の対象であったレプラの患者の食事の給仕をみずから行うことを自身に課しておりまたフラヴェルを鳴らして自分から遠ざかるよう警告した患者に近づきその手に接吻したという逸話がのこっているアッシジのフランチェスコについても同様の話は多数のこっている富裕な家に育ち放蕩生活を送ったフランチェスコが回心したきっかけはレプラ患者との出会いであったといわれるレプラの患者は当時病気が発覚した時点で教会で死者のためのミサがささげられ共同体から離れることを余儀なくされ城壁の外に追いやられた当時のレプラ患者はあらゆる社会的権利を喪失した存在であったが無所有を標榜するフランチェスコからすればここで逆転が生じあらゆる権利を喪失したレプラ患者であるからこそ彼らはあらゆる権利を所有する存在することとなるフランチェスコによって組織された小さき兄弟の会フランシスコ会はイタリア半島中部のアッシジにらい村を建設したそこでは1つの共同自治が目指され聖書の精神にもとづく救済がおこなわれた日本では古代中世にはこの病気は仏罰神罰の現れたる穢れと考えられており発症した者は非人身分に編入されるという不文律があり一般の人びとのみならず肉親さらに官僧からも忌避される存在であったこれにより都市では重病者が各地の悲田院や奈良の北山十八間戸鎌倉の極楽寺などの施設に収容され衣食住が供された北山十八間戸や極楽寺は非人救済に尽力した忍性を中心とする叡尊ら律宗教団によって開かれた施設である戦国武将大谷吉継はハンセン病患者であったことが知られ面体を白い頭巾で隠して戦場に臨んだことはよく知られるまた茶会での自らに対する石田三成の振る舞いに吉継が感激し関ヶ原の戦いでは三成に味方をする決意をしたとされるエピソードも著名である江戸時代には発症すると家族が患者を四国八十八ヶ所や熊本の加藤清正公祠などの霊場へ巡礼に旅立たせることが多かったこのためこれらの地に患者が多く物乞をして定住することになった幕末以降に日本に訪れた欧米人は欧米とくらべ当時の日本では桁違いにハンセン病患者の数が多いことに強い印象を受け明治維新以降キリスト者たちが救いの手をさしのべた日本人仏教者の綱脇龍妙も身延深敬園を設立してらい病患者の救済に乗り出した政府もらい病患者の寺社周辺などへの集住状態を解消すべく療養所への隔離政策が行ったがそのなかで救らいの名目で近世までとは異なった形での患者の迫害も生じた1875年らい菌の発見者であるノルウェーのアルマウェルハンセンが英文で初めて発表をおこないそののち感染症としての感染力の弱さが明らかとなり治療法も確立したしかしその後も患者や既に治癒して身体の変形などの後遺症を持つのみとなった元患者への強制隔離政策は続き非人道的な人権侵害が行われた日本ではらい予防法が1907年に制定され患者は人権をほとんど認められず強制隔離不妊手術の強要が実施された[36]1996年ようやくらい予防法が廃止された2002年小泉純一郎首相が公式に謝罪し治療法確立後も強制隔離をつづけた国の責任を認めて元患者との和解がようやく成立したしかし今もなお病気に対する正確な知識の欠如から後遺症に対する差別に苦しむ人が多い

梅毒
梅毒は元来はハイチの風土病だったのではないかと考えられコロンブス一行が現地の女性との性交渉によりヨーロッパにもち帰ったとされる梅毒はヨーロッパ諸国も介入した16世紀のイタリア戦争を通じてヨーロッパ各地に広がったためナポリ病と称することも多いアジアへはヴァスコダガマの一行が1498年頃インドにもたらし日本には永正9年1512年に中国より倭寇を通じて伝わったとされ江戸時代初期には徳川家康の次男結城秀康も梅毒に罹患している日本で流行する前に琉球王国とくにその花柳界で大流行し古くから花柳界にいる人の罹患率が高かったので梅毒は古血と称されまた沖縄では梅毒患者のことをふるっちゅ古い人と呼ぶようになった梅毒の治療薬としては化学療法を唱えたドイツのパウルエールリヒとエールリヒの研究所で薬学実験を担当していた日本の医学者秦佐八郎が1910年に発見したサルバルサンという有機ヒ素化合物が有名でありこれは合成物質による世界最初の化学療法剤であったまたサルバルサンの発見はのちのペニシリン1929年等抗生物質やサルファ剤1935年等の化学療法剤の発見をうながしたのである

コレラ
コレラはコレラ菌による感染症で突然の高熱嘔吐下痢脱水症状が起こりその感染力は非常に強くこれまでに7回の世界的流行コレラパンデミックが発生し2006年現在も第7期流行が継続している最も古いコレラの記録は紀元前300年頃のものであるそののち7世紀の中国17世紀のジャワでもコレラと思われる悪疫の記録があるが世界的大流行は1817年に始まっている1832年4月コレラが増えはじめたパリではだれかが毒を投げこんだという噂が飛びかい毒殺犯人とみなされた人びとが民衆に暴行を受ける事件がおこっているこの事件では数名が殺害されているコレラの流行した1830年代のヨーロッパでは至るところで毒殺説がささやかれなかには医師が疑われて殺害されたこともあったロンドンでもパリでも病気は道路と水路に沿って広がりことに貧民街での被害が著しかった19世紀前半のコレラの流行は19世紀初頭以来の急速な都市化の進んだ時期でもありヨーロッパの大都市はどこも劣悪な衛生環境にあったコレラの猖獗によって感染症は人間の病である以上に社会の病であることを多くの人が痛切に感じたのでありそのなかから社会の健康を考える公衆衛生学や上下水道の整備や道路拡幅なども取り込んだ近代的な都市工学という学問分野が生まれたまたイギリスの外科医ジョンスノウはロンドンでのコレラ流行に際し死亡者の生活状況を四分割表を用いてのクロス分析という統計学的な手法を用いて生活改善を提案しこれらの業績により疫学の父と称される1884年にはドイツの細菌学者ロベルトコッホによってコレラ菌が発見され医学の発展防疫体制の強化などとともにアジア型コレラについては世界的流行は起こらなくなったただしアジア南部およびアジア東部においてはコレラの流行が繰り返され中国では1909年1919年1932年に大流行がありインドでは1950年代までつづいていずれも万単位の死者を出すほどであったコレラの流行を防止するため下水道の整備など大都市における公衆衛生政策が発達しゴミ箱が普及し検疫体制が整備されてその多くは現代にも引き継がれているまた科学的な疫学も1854年のロンドンでのコレラ大流行においてジョンスノウが公衆の井戸水が原因であると指摘したことがはじまりである後述コレラは反面衛生的な近代都市の生みの親となったのである

結核
結核は結核菌によって引き起こされ全身の倦怠感食欲不振体重減少37℃前後の微熱が長期間にわたって続く就寝中に大量の汗をかくなどの症状をともない咳嗽痰をともなうこともともなわないこともあるが疾患の進行にしたがって発症してくるかつては不治の病死の病難病とされ白いペストと呼ばれることもあった結核菌は1882年細菌学者ロベルトコッホにより発見され1943年にはセルマンワクスマンとワクスマン研究室の学生であったアルバートシャッツ英語版によるストレプトマイシンなどの抗生物質があらわれて[注釈7]結核は完治する病気となって患者はいったん激減したしかし近年学校や老人関係施設医療機関等での集団感染が増加しており結核治療中の患者は日本だけで約27万人にのぼり新たな結核患者が年間3万人も増加している世界保健機関WHOの推計では世界人口60億人の3分の1にあたる20億人が結核菌に感染していると発表しているこれは抗生物質の効かない耐性結核菌の発生によっており菌の逆襲[51]とよばれることがあるまた後天性免疫不全症候群AIDSとの結びつきが指摘され今や結核対策はAIDS対策でもあると考えられるにいたっている
0876a559 anonymous 2022-01-07 19:26
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寄生虫症の流行

下に掲げたほかにもサシチョウバエ類によって媒介されトリパノソーマ科の原虫リーシュマニアの感染を原因とするリーシュマニア症やカメムシ目サシガメによって媒介されユーグレノゾアキネトプラスト類に属する鞭毛虫トリパノソーマクルージを病原体とするシャーガス病などの寄生虫病が知られる

住血吸虫症
住血吸虫症の起源は古く灌漑網を整備したメソポタミアやエジプトの初期農耕社会ですでに蔓延していたとみられマラリアとならんで農耕生活の広がりによって拡大した感染症である河川や湖沼に生息する巻貝が中間宿主となりヒトには生水を通して感染する住血吸虫の保虫者は慢性的な胃や胸の痛み疲労感下痢を訴えることが多く虫卵が膀胱や尿管の粘膜に集まるため尿路にも障害が生じるフランスの英雄ナポレオンボナパルトは尿道の激しい痛みを持病としていたが従来その原因は尿路結石とされていたしかしその症状記録を子細に検討した専門家は18世紀末葉から19世紀初頭にかけてのフランス軍のエジプト遠征エジプトシリア戦役の際に感染したビルハルツ住血吸虫症の可能性が高いと報告しているアフリカや中東にかけてはビルハルツ住血吸虫症が今なお流行しておりダムや灌漑水路の普及とともにますます拡大しているエジプトでは1970年完成のアスワンハイダムの貯水開始とともに感染が爆発的に拡大した日本には水田耕作とともに弥生時代に持ち込まれたと考えられている日本住血吸虫症は日本中国フィリピン等でみられる住血吸虫症の一種でミヤイリガイオンコメラニアという巻貝を中間宿主として成長した寄生虫日本住血吸虫が経皮感染によってヒトやウシネコなどに感染することによって発生する感染症である日本では古くから甲府盆地底部一帯や筑後川流域が罹病地域として知られてきた特に山梨県下では地方病と称されて地域特有の奇病と見なされてきた1904年に桂田富士郎が甲府市でこの寄生虫を発見し1913年に宮入慶之助と鈴木稔が佐賀県鳥栖市において寄生虫の中間宿主がオンコメラニアであることを発見したため病名に日本の名が付されることとなった中国湖南省長沙市の前漢代の墳墓である馬王堆遺跡のミイラから日本住血吸虫の生活痕跡を検出したことから中国においてこの感染症の流行はきわめて古くからのものであることが確かめられている中国では1950年代初頭四川盆地をふくむ長江流域や広東省福建省雲南省など広汎な地域で日本住血吸虫症の流行が顕在化し患者数は約3200万人にのぼったと推定される中華人民共和国では建国以来大衆動員によって古いクリークを埋め立て新しいクリークを開削する方法によってオンコメラニア対策が採られ1958年には江西省余江県での成功にちなんで当時の中国共産党の指導者毛沢東は送瘟神瘟神を送ると題する漢詩をつくっている日本住血吸虫症はこんにちでも中国やフィリピンを中心に年間数千人以上の新規感染患者が発生しているが日本では1978年に発生した山梨県の罹患者を最後に新規感染者が確認されておらず1996年には山梨県知事の天野建によって地方病終息宣言が出された

マラリア
単細胞の寄生虫であるマラリア原虫が赤血球に寄生して起こる感染症で40℃前後の発熱や悪寒などの症状をともない頭痛や吐き気をもよおすこともある熱系により三日熱四日熱定期性のない熱帯熱に分けられる熱帯亜熱帯地域に多く日本ではおこりとも呼ばれたマラリアの起源は古く農耕生活の始まりにさかのぼるヒトに感染するマラリア原虫には6種ありうち5種はゴリラやチンパンジーなどアフリカ産霊長類に起源を有しているのこり1種は2004年にボルネオ島で見つかったサルマラリア原虫でカニクイザルなどアジアに棲息するマカクを自然宿主としているカの中でハマダラカの一部の種だけが病原体を媒介するメスのハマダラカが感染者の血液を吸い別の人を刺すことによって広がる通常カに刺されて10日ないし14日の潜伏期間を経て発作状の発熱がある効果的なワクチンはないが抗マラリア剤で治療できる従来長きにわたってキニーネが特効薬とされてきたがのちにアテブリンやプラスモヒンが開発された[27]第二次世界大戦後はクロロキンの使用が増えているマラリアは約1万年前以降ヒトの生存に大きな影響を与え始めたがこれは新石器革命の開始の時期とほぼ一致している4800年前ないし5500年前の古代エジプトでつくられた複数のミイラからはマラリア原虫のDNAが検出されツタンカーメン王のミイラからもマラリア原虫の一部が見つかっているまたマラリア予防の目的かどうかは不明であるが古代エジプト最後の女王クレオパトラ7世が蚊帳の下で寝ていたことが確かめられているなお東方遠征で有名な古代マケドニア王国の王アレクサンドロス3世については従来はマラリアによる死亡と考えられてきたが近年マラリアが死因でないとする学説が登場している中国最古の医学書黄帝内経にはマラリアとみられる疾病の診断法と治療法が記されておりインドでは最初に農耕がはじめられたインダス川流域から高温多湿のガンジス川流域へと耕地を拡大していった過程で流行したとみられるヨーロッパでは地中海地域で流行し古代ローマでは人口激減の一因にもなった17世紀から18世紀にかけてはヨーロッパ各地で数回にわたり流行が繰り返された古代ローマ帝国の軍人ゲルマニクス10世紀の神聖ローマ帝国の皇帝オットー2世平安時代末期の平清盛堀河天皇ルネサンス期の文豪ダンテアリギエーリ室町時代の僧一休宗純日本陸軍の諜報員であった谷豊ハリマオイタリア出身の自転車選手ファウストコッピなどはマラリアによって死去した人物とみられている平安時代の日記や記録にはマラリアの流行が幾度も記載されており敦良親王や藤原頼通はマラリア感染者であったと考えられる当時の王侯貴族は多くの場合加持祈祷によって病気平癒を願ったアメリカ大陸には大航海時代以降旧大陸各地から持ち込まれたアメリカ合衆国では18世紀から20世紀にかけて多い年には10万にも感染者があらわれたとくに首都のワシントンD.C.は元来沼沢地であったためにマラリア蚊が蔓延しジョージワシントンエイブラハムリンカーンユリシーズグラントといった大統領職にあった政治家も感染を経験しているロシア革命後の1923年マラリアはウラル山脈より西側のヨーロッパロシアの地域で流行し約300万人が感染したといわれるまた第二次世界大戦中に沖縄県とくに八重山諸島で発生した集団罹患は特に戦争マラリアと呼ばれるここでは急ごしらえの簡素な小屋で多数の人びとが共同生活を余儀なくされたことからおよそ1万7000人が感染し死者は約3000人におよんだアフリカにおいては現在エイズ結核と並ぶ3大感染症のひとつであり視覚や聴覚を失うなどの後遺症で悩む人も少なくないその感染者は毎年3.5億人から5億人にかけてと推測されアフリカでは子どもの主要な死因のひとつになっている2008年3月にマスメディアに流れた情報によるとケニアウガンダタンザニアにまたがるアフリカ大陸最大の湖ヴィクトリア湖は年々水位が下がっており係留していたと思われるボートが陸に上がってしまったり湖岸であった箇所には幅10メートルないし20メートルの草地が続いていたというNASAなどの衛星観測データはヴィクトリア湖の水位がピークの1998年にくらべ1.5メートルも低下しており1990年代の平均と比べても約50センチメートル低くなっていると伝えているその原因としては降雨量の減少と下流にあるダムへの過剰な流出が考えられている干上がりかけた水たまりにハマダラカのボウフラカの幼虫が泳ぐなど蚊の繁殖に好適な水域が広がり従来はマラリアが非流行地だったケニア西部の高地にも多発する傾向が顕著となっているまた地球温暖化の影響でハマダラカが越冬できる地域が広がったことにより感染地域が広がる危険性についても指摘されている日本もマラリア対策に協力しているがそのひとつに伝統的な蚊帳づくりがある
0238893e anonymous 2022-01-07 19:27
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チフスの流行と識別

チフスはもともと発疹チフスのときに見られる高熱による昏睡状態のことを古代ギリシアのヒポクラテスがぼんやりした煙がかかったを意味するギリシア語typhusと表記したことに由来するといわれるが長い間発疹チフスと腸チフスパラチフスの区別がなかった

腸チフスパラチフス
腸チフスやパラチフスは16世紀のイタリアの数学者でもあり医者でもあったジェロラモカルダーノが発見者といわれているがこれはともにサルモネラの一種であるチフス菌によるもので発疹チフスとは全く異なる条件下異なる病原体が原因で起こるものサルモネラ症である症状が似ているため区別が遅れた1836年にようやく両者の識別がなされて別の疾患として扱われるようになった

発疹チフス
発疹チフスとはコロモジラミが媒介するリケッチアによる感染症で高熱せき発疹が特徴である人口密集地域不衛生な地域にみられ冬期または寒冷地での流行が顕著である1490年スペイン兵がキプロス島から発疹チフスをもちこみヨーロッパで流行し1545年にはメキシコで流行した17世紀以降ヨーロッパの王侯貴族や裕福な中上級市民の間で頭髪を丸刈りにしてかつらをかぶる習俗が大流行した背景にはシラミ予防の意味もあったという
1812年のナポレオンのロシア遠征の際にはフランス軍で大流行し大勢の死者を出した19世紀の発疹チフスの流行はコレラとともに労働運動活発化の一因となり各国は都市の改造や公衆衛生を徹底させるなどの都市政策をおこなった第一次世界大戦下のロシアでは3000万人が罹患しその1割にあたる人びとが死亡しているまたナチスドイツによるユダヤ人虐殺のための強制収容所内でも大流行したフランスの細菌学者シャルルジュールアンリニコルはフランス植民地のチュニスチュニジアにおいて風土となっていた発疹チフスを研究し病院に入院すると感染しない傾向がみられるから院内と院外の条件を比較して患者の衣服に着目したニコルは1928年に発疹チフスの研究でノーベル生理学医学賞を受賞している

リケッチア感染症の流行
リケッチア症はリケッチアという病原体がダニなどの節足動物を媒介として引き起こす感染症であるリケッチアはウイルス同様細胞外では増殖できず抗生物質も効かないリケッチア症には上述した発疹チフスのほかロッキー山紅斑熱や日本紅斑熱があるツツガムシケダニによって媒介されオリエンティアツツガムシツツガムシリケッチアへの感染によって引き起こされるツツガムシ病もリケッチア症に属する
d8345108 anonymous 2022-01-07 19:27
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ウイルス性感染症の流行

麻疹
麻疹は一般にはしかといわれ麻疹ウイルスによって感染する感染力はきわめて強く高熱咳鼻水全身性の発疹をともない口中にコプリック斑英語版と呼ばれる白い斑点ができる日本でも古くから知られ平安時代以降の文献にしばしば登場するあかもがさは麻疹であろうと考えられている正暦から長徳への改元のあった995年正暦6年長徳元年に全国的な伝染病となって平安京を直撃貴族も多数死亡して政治に混乱をきたした古来ほとんどの人が一生に一度はかかる重症の伝染病として知られかつては命定めとよばれて恐れられたため全国各地に麻疹に関する民間信仰が伝わっている[53]富山県高岡市でははしかが流行すると九紋龍の手形の紙をもらい九紋龍宅と書いて門口に貼って病除けにした伝承がのこる神奈川県横浜市や大和市藤沢市に点在する鯖神社左馬神社佐婆神社ともを一日で巡る七さば巡りをおこなうとはしかや百日咳の病除けになるといい愛知県や三重県ではアワビの貝殻を戸口につるしてはしか除けをしたという江戸時代の庶民にとって地震や火事とともに怖れられたのが感染症であったがとくに疱瘡天然痘麻疹はしか水疱瘡水痘は御役三病と呼ばれて恐怖された世界保健機関WHOでは2015年3月27日日本を麻疹の排除状態にあると認定した排除状態は日本に土着するウイルスによる感染が3年間確認されない場合に認定される2014年の流行などは日本国外から持ち込まれたウイルスのため判断に影響していない

天然痘
天然痘は有史以来高い死亡率治癒しても瘢痕を残すことから世界中で不治悪魔の病気と恐れられてきた代表的な感染症である痘瘡ともいい天然痘ウイルスによる高熱嘔吐腰痛があり全身に発疹するすでに1万年前にはヒトの病気であったらしい天然痘で死亡したと確認されている最古の患者は古代エジプトの第20王朝のファラオラムセス5世でありミイラの頭部に天然痘の痘庖があることを確認している彼は紀元前1157年に死亡したとみられる165年のパルティア遠征中のローマ軍のなかで発生しこののちローマ帝国内で流行したといわれる伝染病はこんにちでは天然痘であると考えられておりこれによりローマは深刻な兵力不足に陥って国力衰亡の原因のひとつとなった天然痘は4世紀以来アジア各地で流行している中国ではジェンナー後述による種痘牛痘が試みられる前から発疹の瘡蓋かさぶたを用いた人痘がさかんにおこなわれていた日本では律令国家の完成期で中央集権化が急速に進んだ奈良時代に天然痘が大流行し天平7年735年から天平10年738年の流行では総人口の約3割が死亡したという試算もある好んで宴会をひらいた藤原武智麻呂房前宇合麻呂の4兄弟藤原不比等の子は天然痘にかかって相次いで死去しときの最大権力者で不比等の孫ないし女婿にもあたる聖武天皇が東大寺大仏を建立することを決めた背景には疫病をどうにかして鎮めたいという強い意思があったと考えられる16世紀にスペインがアメリカ大陸を侵略した際このウイルスを持ち込み奴隷労働とあいまって先住民人口が激減する不幸な事態となったW.H.マクニールはエルナンコルテスが1521年に600人弱の部下で数百万の民を擁するアステカ王国を軍事的に征服したのみならず文化的精神的にも征服しえたのはコルテス一行が持ち込んだ天然痘ウイルスによってアステカ王国の首都で天然痘が猛威をふるっていたにもかかわらず従来のアステカの事物はそれに対しまったく無力であったことに起因するとしている1533年のフランシスコピサロによるインカ帝国の征服もそれに先だって中央アフリカから帝代のコロンビアの領域にもたらされた天然痘による死者が膨大なものであり人口の60パーセントから94パーセントを失ったことによるとされる1526年にはインカ皇帝のワイナカパックや宮廷の臣下たちの大部分が天然痘がもとで死んでいるが後継者とされたニナンクヨチもまた天然痘で命を落としてしまったそのため王位をめぐる争いがアタワルパとワスカルの異母兄弟のあいだで起こった圧倒的少数者であったピサロが勝利できたのは鉄製の武器や馬の使用によるところが大きかったしかし天然痘ウイルスによって人口が急激に減少したインカ帝国はスペイン軍が侵入したときすでに内乱をかかえ崩壊寸前であったアステカインカの両帝国の崩壊はいずれも馬や鉄器火砲をもたない軍事的敗北の結果といわれるがそれ以前に天然痘が猖獗をきわめたことにともなう帝国側の戦闘力喪失が大きな要因だったのである17世紀前半には北アメリカ東部のインディアンで天然痘が流行しているまた18世紀のフレンチインディアン戦争ではイギリス軍により生物兵器としてインディアン殲滅を目的に使用された例があるまたアメリカ独立戦争では英国軍をカナダに追いつめてカナダがアメリカ合衆国領となる事態までとなったがこのとき独立軍に天然痘が流行したといわれるなおヴォルフガングアマデウスモーツァルトも11歳のとき天然痘にかかりその痕跡がいくつもあったといわれている1721年オスマン帝国で発達したトルコの人痘接種法がヨーロッパに伝わったがこれは天然痘それ自体の発病の危険をともなうものであった1798年自らも人痘接種を受けたことのあるイギリスの医師エドワードジェンナーが牛痘にかかった者は人痘にもかからないという農婦の話を聞き種痘を開発して8歳の少年に牛痘を接種したこれが世界における予防接種のさきがけであり一種の人体実験でもあったジェンナーは自身の幼い子どもにも予防接種をおこないまた種痘の乾燥保存に成功したこれは史上初のワクチンである天然痘ワクチンの嚆矢となった以後種痘の普及に伴い急速に天然痘の流行は少なくなったがソ連の独裁者ヨシフスターリンは顔にはっきりと痘痕が残っており天然痘によるものとされているなおアメリカ合衆国で最初に接種を受けた人物のなかに第3代大統領のトマスジェファソンがいる天然痘は1958年に世界保健機関WHO総会で世界天然痘根絶計画が可決され根絶計画が始まった1970年には西アフリカ全域から根絶され翌1971年に中央アフリカと南米から根絶された1975年バングラデシュの3歳女児の患者がアジアで最後の記録となりアフリカのエチオピアとソマリアが流行地域として残ったが1977年ソマリアのアリマオマーランを最後に天然痘患者は報告されておらず3年を経過した1980年5月8日にWHOは根絶宣言を行った天然痘ウイルスは現在アメリカとロシアのバイオセーフティーレベル4の施設で厳重に管理されている天然痘はヒトに感染するウイルス性感染症のなかでは人類が根絶した唯一の感染症である

ポリオ急性灰白髄炎
ポリオは小児に発症が多かったことから小児麻痺しょうにまひの名でも知られ日本での正式名称は急性灰白髄炎であるポリオの名称は英語のpoliomyelitisの前半部分灰白部に由来しており中枢神経である脳灰白部と脊髄に病変が生じるところからの名称であるポリオはピコルナウイルス科エンテロウイルス属のポリオウイルスを病原体とする感染症であり脊髄神経の灰白質をおかすためはじめの数日間は風邪をひいたような症状があらわれるがその後急に足や腕がまひして動かなくなる病気であるポリオウイルスに感受性があるのは霊長類だけであり自然宿主はヒトだけであるポリオについてもその歴史は古くエジプト第18王朝紀元前1403年-紀元前1365年の石碑に片足が萎縮して杖をついた人物が刻されているがこれが症状からみてポリオであろうと推定されている日本では北海道洞爺湖町の縄文時代後期の考古遺跡入江貝塚から出土した女性人骨にポリオ痕跡の可能性が高い遺体が認められるが日本へのポリオ流入は明治以降であるという有力な反論があり定説には至っていないポリオウイルスに感染したとしても後遺症として麻痺がのこるのは100分の1ないし1,000分の1といわれているポリオ患者として知られる著名人は数多くそのなかで麻痺がのこったのは不運なケースといえるがその麻痺を克服して成人後に大きな業績を成し遂げた人も多いたとえば日本社会党委員長であり横浜市長も経験した飛鳥田一雄ニュートリノの研究で2002年のノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊1960年ローマオリンピックで女子短距離3種目女子100m200m400mRで金メダルを獲得したウィルマルドルフなどが知られるなおポリオ患者として有名であった人物に第32代アメリカ合衆国大統領のフランクリンルーズベルトがいる1921年にポリオに罹患したF.ルーズベルトはみずからの麻痺症状の治療のために1926年にジョージア州ワームスプリングス英語版の温泉地に土地を購入して別宅を建てたしばしば同地に滞在したため別宅はリトルホワイトハウスと呼ばれ1945年4月にそこで死去しているF.ルーズベルトはみずからの障害体験から障害者支援には積極的で大統領就任後ポリオ対策のために国立小児麻痺財団を設立して募金活動をおこないワームスプリングスには彼の死後ルーズベルトポリオ病院が建てられたただかれ自身は日常生活において車いすを用いていたもののその姿をマスメディアにみられるのを嫌い車いす姿の写真も2枚しか残っていないまたメディア側もあえてそのことを報道しなかったため当時のアメリカ国民は大統領に麻痺があったことはほとんど知らなかったという2003年F.ルーズベルトは実はポリオではなく神経疾患であるギランバレー症候群であったという記事がアメリカ合衆国の医学情報誌に報告されたそれによれば39歳という壮年に達してから発症したことや彼の症状8項目のうちの6項目がギランバレー症候群に特徴的な症状を示しポリオを示す症状は2項目にすぎなかったことからギランバレー症候群であった可能性が高いということであるワームスプリングスのポリオ病院もこんにちではリハビリテーション施設に変わっている

ウエストナイル熱ウエストナイル脳炎と日本脳炎
ウエストナイル熱の病原体である西ナイルウイルスはフラビウイルス科に属しその1属である狭義のフラビウイルス属英語版はデングウイルスDEN日本脳炎ウイルスJEダニ媒介性脳炎ウイルスTBE黄熱ウイルスYFVの4グループに分類されそのうち日本脳炎ウイルスのグループを構成するのは西ナイルウイルスWNセントルイス脳炎ウイルスSLEマレーヴァレーウイルス英語版MVEクンジンウイルス英語版KUNそして狭義の日本脳炎ウイルスJEの5ウイルスである

ウエストナイル脳炎
ウエストナイル脳炎の発生と前後して大量死が確認されたアメリカガラスCorvusbrachyrhynchos
マラリア節でふれたように従来紀元前323年6月10日にメソポタミアのバビロンで死去したマケドニア王国のアレクサンドロス3世大王はその高熱という症状やインドからの帰還での死という地理的要素から古来死因はマラリアであると考えられてきたしかし2003年アレクサンドロスの死は西ナイルウイルスによるウエストナイル脳炎ではなかったかという学説が登場したその根拠は古代のバビロンが現代の西ナイルウイルスの流行する分布域に属していることのほか1世紀から2世紀にかけて活躍したギリシア人著述家プルタルコスの対比列伝プルターク英雄伝[66]のなかの以下のような記述であるアレクサンドロスがバビュローンに入ろうとしている時に中略城壁のところまで行くと多くのカラスが喧嘩をして互いにつつきあいその内幾羽かが大王の足元に落ちた公的な記録によればアレクサンドロス大王は高熱を発してずっと熱が下がらずそのあいだ激しくのどが渇いて葡萄酒を飲みうわごとがはじまって発熱後10日目に亡くなったといわれるこれらの症状はウエストナイル熱やウエストナイル脳炎の症状と矛盾しない動物媒介性の感染症の新たな出現や伝播は飛行機や船による人類や文物の大量移動を基礎としてたとえば近代化工業化や地球温暖化などによって媒介動物である蚊の生息条件が変化して分布域が変動拡散しまたその宿主の生息域が変動するなどの事象によっており感染症の生態学と呼ぶべきひとつの研究領域が成り立つような条件を生じさせているが他方ではアレクサンドロスの死因のように過去にさかのぼって史実の解釈さえ再検討の俎上に乗せる可能性を有しているのである

日本脳炎
日本脳炎は日本脳炎ウイルスによる脳炎であり日本や東アジア東南アジアを分布域とする感染者の発症率は0.1パーセントから1パーセントと推定されておりそのほとんどが不顕性感染である日本での媒介者は主としてコガタアカイエカといわれるが熱帯地域では他の蚊も媒介する潜伏期は6日ないし16日間とされ高熱を発して痙攣や意識障害におちいる発症してからは対症療法にたよるしかない発症した場合の致死率は10ないし20パーセント程度と推定されるが発症者の半数以上は脳にダメージを受け脳障害や身体の麻痺などの重篤な後遺症がのこる1954年昭和29年日本では不活化ワクチンの勧奨接種が開始され1965年昭和40年には高度精製ワクチンの使用がはじまった日本での患者は1967年昭和42年から1976年にかけての積極的ワクチンの接種によって劇的に減少したといわれている

インフルエンザ
紀元前412年医学の父と呼ばれたヒポクラテスはすでにインフルエンザと思われる病気の大発生について記録しているインフルエンザは1889年に大流行したときドイツの元軍医でコッホの衛生研究所にいたリヒャルトプファイファー英語版が患者よりグラム陰性の細菌を分離することに成功し1892年にインフルエンザ菌と名づけこれこそがインフルエンザの病原体であると発表したこののちインフルエンザの病原体をめぐっては論争が繰り広げられたが1933年に決着した最も被害を出したインフルエンザの流行はスペイン風邪である1918年アメリカ合衆国の兵士の間で流行しはじめ人類が遭遇した最初のインフルエンザの大流行パンデミックとなり感染者は6億人死者は最終的には4000万人から5000万人におよんだ当時の世界人口は12億人程度と推定されるため全人類の半数もの人びとがスペイン風邪に感染したことになるこの値は感染症のみならず戦争や災害などすべてのヒトの死因の中でももっとも多くのヒトを短期間で死に至らしめた記録的なものである死者数は第一次世界大戦の死者をはるかにうわまわり日本では当時の人口5500万人に対し39万人が死亡アメリカでは50万人が死亡した
fa2ce0e0 anonymous 2022-01-07 19:30
ttps//ja.wikipedia.org/wiki/感染症の歴史

新興感染症

新興感染症は世界保健機関WHOの定義によると新興感染症はかつては知られていなかったこの20年間に新しく認識された感染症で局地的にあるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症とされている

エイズ
1981年6月にアメリカのロサンゼルスに住む同性愛男性4人に初めて発見され症例報告された新興感染症であるただしこれはエイズと正式に認定できる初めての例で疑わしい症例はすでに1950年代から報告されており中部アフリカ各地などで痩せ病slimmingdiseaseという疾患群が報告されていた1982年7月この病気はAIDS後天性免疫不全症候群と名づけられ1984年にはエイズウイルスが発見された1981年の症例報告後わずか10年程度で感染者は世界中で100万人にまで広がった日本では1986年昭和61年の松本事件1987年昭和62年の神戸事件高知事件などエイズパニックと称される一連のパニックが引き起こされたこれは行政当局や医療機関のあり方に問題がなかったわけではなかったがむしろパニックに仕立て上げていったのはマスメディアであったアメリカでエイズが広がり始めた当初原因不明の死の病に対する恐怖感に加えて感染者に同性愛者や麻薬常習者が多かったことから感染者に対して社会的な偏見が持たれることも多かったアメリカはエイズパニックを体験した最初の国であった現在は病原体としてヒト免疫不全ウイルスHIVが同定され異性間性行為による感染や出産時の母子感染も起こりうることが広く知られるようになったしかし未だこの病気に対する知識の不足から来る差別や偏見がみられる日本ではおもに血友病の患者に対して非加熱製剤を治療に使用したことから多数のHIV感染者およびエイズ患者を生む薬害エイズ事件をひきおこし大きな社会問題となったそれ以外でHIVに感染する可能性はHIV感染者との性行為であるため相手がHIVに感染していないことが確実でなければ性行為をおこなわないかあるいはコンドームを用いて感染の可能性をなくすことが大切であるまた早期に治療を開始するためにはHIV抗体検査英語版が必要であるエイズはアメリカをはじめ世界各地で患者や感染者が増加しており現代医療の大きな課題といえる各国でエイズ予防キャンペーンが繰り広げられている

エボラ出血熱
エボラ出血熱は1976年6月のスーダンのヌザラNzaraという町で倉庫番を仕事にしていた男性が急に39度の高熱と頭や腹部に痛みを感じて入院その後消化器や鼻から激しく出血して死亡したことを最初の確認例とする新興感染症であるそののちその男性の近くにいた2人も同様に発症してこれを発端に血液や医療器具エアロゾルを通して感染が広がった最終的にヌザラでの被害は感染者数284人死亡者数151人というものだったこの最初の男性はザイール現コンゴ民主共和国のエボラ川付近の出身で森に深く入って炭焼き小屋に長く生活したことがあり病原菌との関係が考えられるためこの病気を引き起こしたウイルスの名前をエボラウイルスと名づけ病気もエボラ出血熱と名づけられた症状は全身の出血のほか臓器の壊死もあるその後エボラ出血熱はアフリカ大陸で10数回にわたって突発的に発生流行しており感染したときの致死率は50パーセントから89パーセントの範囲にあって非常に高くまた有効な治療法もないことから非常に怖れられているただし血液感染のため患者の血液に触れなければ二次感染はおこらずアフリカにおいては病院の注射器や看護者を通じて感染が広がったものであるこの感染症は熱帯雨林の開発によって人が新たな病原体に遭遇したものでガボンではチンパンジーから感染したといわれているがウイルスの自然宿主はまだわかっていない2005年12月ガボンの医学チームは感染するが発病していないというコウモリを発見しており宿主の可能性を報告したエボラ出血熱は2014年7月以降リベリアシエラレオネギニアなど西アフリカ諸国で大流行し死者は1,000名を超えた8月上旬にはこの感染症の治療にあたった医療チームの外国人医師も感染した医療チームの米国人2名に対して投与された実験用の抗体治療剤ZMappに効果がみられたことからこの未承認薬の患者への投与承認を求める申請がWHOになされたまたこの治療剤はアフリカ人医師にも投薬された一方フランスではリベリアで医療活動中に感染して帰国した女性看護師に日本の富士フイルム富山化学が開発したインフルエンザ治療薬ファビピラビル販売名アビガン錠が9月から投与され快方に向かっていることが分かったこの治療薬はエボラ出血熱に対する承認は得ておらずエボラ出血熱の患者への投与は初めてだった

コロナウイルス感染症

SARS2002-2004年
20世紀にはいると次々と新しいウイルスが登場したがSARSコロナウイルス通称SARSウイルスは21世紀に見つかったウイルスでありそれによる感染症は重症急性呼吸器症候群SARSと呼ばれる高熱咳嗽息切れ呼吸困難低酸素血症あるいは肺炎などの症状をともなう2002年11月16日に中華人民共和国の広東省で40歳代の農協職員が発症した例が最初とされたが広州市呼吸病研究所は最初の患者は7月にさかのぼると発表している11月の発症後中国政府はこの疾患が広まらないよう対処するいっぽう世界保健機関WHOにこの情報を知らせたのは2003年2月であり自国の名誉と信用をまもるため報道を規制した秘密にした結果国際的な対応が遅れ被害を拡大させてしまったため中国政府はのちにこのことを謝罪している2003年4月3日日本政府はSARSを新感染症として取り扱うことを発表さらに4月17日原因が判明したため指定感染症へ切り換える方針を発表した4月上旬SARSが大問題としてメディアで取り扱われている頃中国政府の公式方針は変わったが北京の軍病院で実際の患者数より少なく発表していたのが判明したのもこの頃である国際世論の強い圧力ののち中国政府はWHOなどの国際公務員がこの件に関する調査をおこなうことに同意したこれにより過度の分散形式主義コミュニケーションの不足など中国医療制度の古い体質が暴かれた4月下旬中国政府は患者数のごまかしが医療制度上の問題であることを認め蒋彦永博士は中国政府のもみ消しを暴露したこののち北京市長や保険局長を含む多くの人が解任されようやくSARS調査と予防に向けた効率的で透明なシステムがつくられるようになった2003年7月5日にWHOはSARS封じ込め成功を発表した最終的な罹患数は世界30ヶ国の8,422人が感染916人が死亡した致命率11%

MERS2012年-
2012年に発見されたMERSコロナウイルスはヒトコブラクダを感染源としてヒトに感染すると重症肺炎を引き起こした2012年9月以来2020年1月現在も流行中である2013年5月15日サウジアラビアの病院の院内感染でヒト-ヒト感染が初めて確認された2015年韓国でのアウトブレイクでは186人が感染し36人が死亡した2019年にもサウジアラビアで14人が感染し5人が死亡した2019年11月までに診断確定患者は2494人死者858人約27ヶ国に感染例が波及している特別な治療法やワクチンはない

新型コロナウイルスCOVID-192019年-
2019年11月中国湖北省武漢市から感染が始まった新型コロナウイルスSARS-CoV-2による疾患は新型コロナウイルス感染症COVID-19と呼ばれる2021年8月5日現在世界中で感染拡大が続いている国地域毎の2019年コロナウイルス感染症流行状況世界全体で2億人以上の感染が確認され425万人以上が死亡した一方で1億8000万人以上が回復している一番多いのは米国で3500万人以上の感染61万人以上の死亡が確認されている

感染症と現代
1980年WHOは天然痘の根絶宣言を出した人類は医学の進歩や公衆衛生事業の進展により近い将来感染症を撲滅することができるだろうとだれもが楽観したしかし実際にはエボラ出血熱やヒト免疫不全ウイルスHIVの登場などにみられる新たな感染症新興感染症の登場や結核マラリアなどいったんは抑制に成功したかにみえたが再び流行した感染症再興感染症の時代をむかえているさらに医薬品に抵抗力をもつさまざまな薬剤耐性菌も出現している上表は1970年代以降に発見された新興感染症のなかで主要なものである感染症が再び問題となってきた背景としてはまず人やモノの移動が大量かつ短時間におこなわれるようになったことがあげられる中国南部を起源とするSARSがわずかな期間で世界中に広がったことは航空機の利用により人びとの移動が活発化したことさらには世界経済の一体化が進行していることとも深い関係がある次に熱帯雨林の開発により人類が新しい病原体と出会うようになったことがあげられるエボラ出血熱などがそうした事例に属する薬剤耐性菌の出現に関しては医療現場で抗生物質が過剰にまたは不適切に使用されたり患者が自己判断で服用投与をやめたりすることも原因のひとつと考えられているさらにインフルエンザの流行などでは感染症にたいする警戒感が弱まり予防接種などが十分でなくなってきたことが指摘されている麻疹や風疹に関しても予防接種の未接種などによって十全な免疫が獲得されないことが流行の要因と考えられそのため現在では基本的に2回接種することとしている感染症にかかわるこうした時代状況は細菌の逆襲疫病の時代などとも呼ばれている21世紀にはいってからもSARSが出現して世界的に猛威をふるった将来的には農業開発にともなう土地開発環境破壊都市化工業化もふくむ環境変化によってこうした新興感染症が今後も現れるであろうことが予想されまた再興感染症もふくめて感染症を撲滅することは難しいという見通しが立てられているこのような状況にあって必要なことは過度に恐れることではなく適度に恐れることであるという認識[92]あるいはむしろ感染症との共生がはかられるべきではないかという認識も広がっているWHOはパンデミックによる被害を軽減するために医療体制抗ウイルス薬治療をふくむワクチン公衆衛生対応個人防御の4点を組み合わせて実施することの必要を呼びかけている
625fc86d anonymous 2022-01-09 14:15
https://www.asahi.com/articles/ASQ175SMSQ17UTFK00R.html
入管法改正案、再提出見送りへ ウィシュマさん背景に選挙前批判懸念

もし本当だとしたらクズすぎるな 国民はキレてもいい
060dcc39 anonymous 2022-01-09 20:53
国民「芸能人の浮気!スポーツニュース!中国叩き!美味い料理!選挙?消去法で自民!」

02a567cd anonymous 2022-01-10 16:45
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/05470/
東芝がCO2の資源化開発を加速、光合成を模した「緑の技術」

https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2103/22/news051_2.html
人工光合成ではない「P2C」でCO2からCOを生成、東芝が工業化にめど

確かにCOなら合成に使えるな 期待できる
b41bf531 anonymous 2022-01-11 17:09
全国のコロナ重症者が100人に
42d7f34f anonymous 2022-01-13 13:16
国内の感染者グラフヤバすぎ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220112/k10013427101000.html
8cab7529 anonymous 2022-01-14 14:57
はてな匿名ダイアリーが昔の2chっぽいな
最近になって存在を知ったが
acc15795 anonymous 2022-01-14 19:23
ノヴァヴァックスの日本での承認ってまだなのかね 急ぐ必要はないとはいえ去年12月の申告以来の情報が見当たらないんだが
3f6d8887 anonymous 2022-01-17 20:56
https://www.agrinews.co.jp/news/index/48864
 肥料原料が入手困難 中国が国内供給を優先 全農、メーカーは切り替え急ぐ

更に野菜高くなるかも 食糧危機到来
0865f5f6 anonymous 2022-01-19 21:07
病床使用率が20%以上のところが沢山でてるじゃん
誰だよオミクロンは弱毒とかいった奴
cba48b29 anonymous 2022-01-20 06:17
弱毒だよ。
法律でそうせざるを得ないだけ

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2ch

(【2ch】チラシの裏【書き込み規制】/200/0.1MB)

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